お盆の季節になりました。
お盆になると、お墓参りをしたり、仏壇に手を合わせたり、家族や親族が集まったりします。
「ご先祖様が帰ってくる時期」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
私自身も、これまで毎年のお盆を過ごしてきました。
一方で、月に一度の朝坐禅会に参加するようになって10年になります。
これまで坐禅を通して曹洞宗に触れてきましたが、考えてみると「お盆」について、その意味や由来をあらためて学んだことはありませんでした。
そこで今回、お盆の季節を迎えるにあたり、私自身もあらためて調べてみることにしました。
そもそも、お盆とは?
仏教では、お盆を「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といいます。
曹洞宗でも、お盆はお彼岸と並ぶ大切な仏教行事の一つです。
曹洞宗の公式サイトでは、お盆は一年の大切な区切りであり、多くの親類縁者が顔を合わせ、大切な方々との「つながり」を再確認する機会でもあると説明されています。
普段の生活では、なかなか意識することのない「つながり」。
お盆は、亡くなった方やご先祖に思いを向けながら、自分自身もまた、たくさんの人とのつながりの中で生きていることを思い出す時期なのかもしれません。
盂蘭盆会には、どんな由来があるのでしょうか
「盂蘭盆会」という名前の背景には、『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』という経典があります。
そこには、お釈迦さまの弟子である目連尊者(もくれんそんじゃ)の話が説かれています。
目連尊者は、亡くなった母親のことを思い、どうすれば母親を救うことができるのか、お釈迦さまに尋ねました。
そこでお釈迦さまは、修行する僧侶たちに食事などを供養し、その功徳(くどく)を母親のために回向(えこう)することを教えたとされています。
※功徳を回向する(くどくをえこうする)とは、自分がお経を読んだり、善い行いをしたりすることで積んだ功徳を、自分ひとりのものとせず、ご先祖さまや亡くなった方、さらにすべての人びとのために手向けることです。
これが、盂蘭盆会の由来として広く知られている物語です。
ただ、現在の日本のお盆には、仏教の行事だけではなく、日本に昔からあった祖先を大切にする文化や、地域ごとのさまざまな風習なども重なっています。
私たちが今過ごしている「お盆」は、長い年月の中で形づくられてきたものなのだと思います。
曹洞宗では、お盆をどのように考えているのでしょうか
今回調べていて、私が特に印象に残った言葉があります。
それは、曹洞宗の公式サイトにある、
「供養とは、忘れないこと」
という言葉です。
亡くなった方は、もう目の前にはいません。
それでも、その人と過ごした時間や、かけてもらった言葉、受け取ったものは、今を生きる私たちの中に残っています。
その人を思い出すこと。
その人とのつながりを大切にすること。
それもまた、供養の大切な形なのだと思います。
曹洞宗では、亡くなった方との「いのちの終わり」が、そのまま「関係の終わり」になるのではなく、その人を心に思い、願いを共にしながら生きていくことを大切にしています。
お盆は、ご先祖様だけを思う時間ではないのかもしれません
ご先祖を思うということは、自分の命について考えることにもつながります。
今の自分がここにいるのは、自分一人の力だけではありません。
親がいて、その親がいて、そのまた先にも命が続いています。
そして、ご先祖だけではありません。
これまで出会った人。
支えてくれた人。
何かを教えてくれた人。
さまざまな人とのご縁があって、今の自分があります。
そう考えると、お盆は亡き人を思う時間であると同時に、
「自分もまた、多くのご縁の中で生きている」
ことに気づく時間でもあるのではないでしょうか。
日本には、お盆と同じように、ご先祖や自分自身に思いを向ける季節の行事として「お彼岸」もあります。
春のお彼岸の日程や基本的な意味については、こちらの記事でもご紹介しています。
🔗 春のお彼岸とは?
https://202507091657fv77e465.conohawing.com/spring-higan/
10年間続けてきた坐禅を通して
私が月に一度の朝坐禅会に参加するようになって、10年になります。
坐禅についてあらためて考えたことは、以前の記事にもまとめています。
「ただ坐るということ 〜坐禅と瞑想、その違いから見える“今”の捉え方〜」
https://202507091657fv77e465.conohawing.com/zazen-meditation-difference/
10年といっても、毎月ただ坐ってきただけです。
ですが、長く続けてきたからこそ、今回お盆について調べながら、坐禅とお盆がどこかつながっているようにも感じました。
坐禅では、何か特別なものを手に入れようとするのではなく、ただ坐ります。
その中で、自分自身や日々のあり方を見つめる時間があります。
お盆では、亡き人やご先祖に思いを向けます。
そして、そのつながりの中に自分もいることに気づきます。
一見すると、坐禅とお盆はまったく別のものに見えます。
けれども、
今、自分がここにいることに気づく。
自分を取り巻くご縁に気づく。
そういうところでは、どこか通じるものがあるのかもしれません。
今回、私自身もあらためて学びました
今回、お盆について調べてみて、私自身も知らなかったことがたくさんありました。
これまで「毎年やってくるお盆」として過ごしていたものを、あらためて学んでみると、そこには仏教の教えがあり、日本の文化が重なり、長い時間をかけて受け継がれてきたことが分かりました。
何となく知っているつもりになっていることでも、少し立ち止まって調べてみる。
すると、今までとは違った見え方をすることがあります。
今年のお盆は、亡き人やご先祖に手を合わせるだけでなく、
「自分は、たくさんのご縁の中で今を生きている」
そんなことにも、少し思いを向けてみたいと思います。

参考にした資料
今回の記事を書くにあたり、主に曹洞宗の公式サイト「曹洞禅ネット」を参考にしました。
お盆・盂蘭盆会についてだけでなく、曹洞宗における供養についてもあらためて読み直しました。
私自身も今回あらためて学んでみることで、これまで何となく知っていた「お盆」について、少し違った見方ができるようになりました。
詳しく知りたい方は、曹洞宗公式サイトもぜひご覧になってみてください。
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顕上 義宗(けんじょう よしむね)

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